会津戊辰戦争(参-二)北越戊辰戦争長岡城落城 悠久山に集結した長岡藩河井らは諸隊長を集め軍議を行った。遥かに黒煙のあがる長岡城を望見しながらの軍議であったという。ここで長岡城に固執するとの得策でないことを説き、栃尾に退き、再挙を計ることに決した。さらに榎峠、朝日山方面の守備陣にも、栃尾に後退することを命じる使者を派遣した。 2022.08.27 2022.12.08会津戊辰戦争(参-二)
会津戊辰戦争(参-二)北越戊辰戦争西軍信濃川を渡河 必死の渡河をした西軍は直ちに銃撃しながら長岡藩の陣屋に突入した。突如の攻撃にも長岡藩士毛利幾右衛門らは奮戦するが、半小隊(約十五~二十人)では支えきれず散乱して敗走となった。残る半小隊は銃声に駆けつけるが圧倒的な西軍勢である。激しい銃撃にやむなく退却となった。 2022.08.13 2022.08.27会津戊辰戦争(参-二)
会津戊辰戦争(参-二)村松藩への出兵要請、西軍長岡城攻略へ 西軍は信濃川の西側対岸よりの長岡城攻略に決し、三仏生や横渡村の砲陣営には榎峠、朝日山への砲撃を続行させ、同盟軍をくぎづけにさせておき、その隙に長岡城を攻略するーとの作戦であった。 2022.08.12 2022.08.13会津戊辰戦争(参-二)