〈「幕政改革」なる〉

会津戊辰戦争(壱-一)

〈生麦事件起きる〉

〈「幕政改革」なる〉

 

幕府は「勅使」の「三時策」を受けて幕政の改革に乗り出した。

(1)将軍後見職を設ける

(2)政事総裁を設ける

(3)参勤交代の緩和(諸藩の海防に費用を充てる)

(4)軍制改革の推進(幕府軍の洋式化)

(5)学制改革(蘭学から洋学、学問の内容拡大・充実)

(6)京都所司代の上に「京都守護職」を置く

等々の改革を進めた。さらに「将軍上洛」も定めた。

-◇-

朝廷は改革の中で「攘夷実行」の「勅者」を守ることを表明したことを知り、直ちに「三条実美」を「勅使」として江戸に出立させ、実行の督促をした。この時、前回の「勅使」の待遇等々に不備があった事を知った。会津藩主松平容保は幕府にその「改善」を上呈し、実行させている。

-◇-

幕府は「京都守護職」を望む島津久光に任命することはできなかった。そこでその白羽の矢を松平容保に向けてくるのである。

〈松平容保「幕閣」に重きをなす〉

幕政改革

 

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